説いても無駄に終りやすい

説いても無駄に終りやすい

説いても無駄に終りやすい

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ある成功哲学の本を読んだ人達は「この考えは素晴らしい」と人に勧めます。そのときに非常に重大なことがあります。つまり、自分自身が利益を得て、このような喜びがあったとき「人にもそれを分けてあげたい」という気持ちが当然出てきますが、あなたはそれを人に説いても無駄なのです。その上、この本の教えによる利益というものを説くことが無駄だけならよいのですが、有害な場合があります。

これはなぜかというと、たとえば人があなたに「それはどんな内容ですか」ときくとあなたは「心に念じ、イメージを描くと、必ず未来においてあなたはその物質を手にするでしょう、などと言うでしょう。すると、その人は反論します。「そんなことはない。それだったら世の中はお金持ちだらけになってしまうでしょう。世の中そんな甘いものではありません」。

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そこでまた例をとって話してみると、かえってその内容を、相手はやっきになって否定しようとします。この教えの一番最初には“肯定的な思想を持ち、肯定的な感情にならなければならない”という前提条件があるのにもかかわらず、今、あなたがそれを説けば説くほど、相手は否定的になります。逆効果になり、それは有害になります。だから説いてはいけないのです。

それではどうすれば一番良いのでしょう。それは“無説”です。説かずして教示、範例を自分の体で示すわけです。動作、行為で示すのです。

思念力で手にした幸運

ある女性が、僕の『強くなる瞑想法』を読みまして、これはいける、というので宝くじを買った。レジャー宝くじという三十万円当たるのを買って、壁に貼り、日夜それをじっとながめて、三十万円が自分に当たる、と思念しておりました。

イメージとして描かなければいけない、というので、その買った宝くじを、当たった宝くじとして住所氏名を書き、銀行に持っていって三十万円いただくというシーンを、毎日々々思い浮かべていたら、本当に当たってしまった。これには僕もびっくりしました。

まあ、この女性が欲張らないで、三十万円という小さな目標(短期目標といいますが)にマトをしぼったのも賢明だったのですけれども、だいぶ思念力の強いひとだったらしく、その後、昔から行きたかったアメリカヘ、結婚して渡ったそうです。

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