占いと因果律−2

占いと因果律−2

占いと因果律−2

昔、僕は、自転車に乗っていて、田舎道を走っているとき、横の川の流れをみて、チラッと、ここへ自転車で落ちちゃったら、と考えた瞬間、小石の上に乗り上げてザブンと小川へ落ちたことがある。これは、自分の頭の中に描いたイメージが原因になり、それがアラヤ識に入って、瞬時のいとまもなくその結果として、現象として現れて、ザブンと落ちたんですよね。

こんな短い原因と結果もあれば、痛烈に何か願ったことが、十年、二十年の後に、いつの間にか生じてくるという因と果もある。いずれにしても、因と果の間に時間が介在する。したがって、因果関係で結ばれている二つの事象は、時間的に同時ではありえない。これが一つの定義になりますね。

つまり、原因は過去であって、過去、未来が同時に起こることはありえず、結果が原因より先になることもありません。もちろん、結果が原因に影響を及ばすこともない。ちょっと細かい話になりますね。これをよく頭の中に叩きこんでおいて下さい。

占いでしばしば行われている事前予知、これはどういうことでしょうか。もし、この事前予知の存在を認めるならば、この命題はくずれ去るんです。この定義は・・・。つまり原因があってのち、結果があるという・・・。

たとえば、あなたが、友だちの自動車事故を予知したとします。しかし、友人はあなたの警告を無視して車を走らせて、事故にあう。これは、考えれば、結果は原因より先に発生していることが考えられる。またここで友人が、あなたの警告を今度は受け入れて、それで車に乗らなかったとする。そして事故にあわなかったとすると、どういうことになりますか。

占いの世界では、飛行機事故を予知して、そこに乗るべき人に警告し、その人がその飛行機から降りて助かったという例もあります。この場合、結果が原因に影響を及ぼしている。結果が原因を変えさせている。このことをよく考えなければいけない。

事前予知という現象が存在することを皆さんが容認するならば、それは、いってみれば、因果律に反することを起こしたということなんです、人為的に・・・。すると、お釈迦様の教説は、そこでくずれ去ってしまうわけです。万象すべて因果律に従わざることなし、とお釈迦様が断言して、それが仏教の一大根元になっている。仏説というのは因果論なんです。因果の間に因がすでに生じたときには、因の縁が生じた、超きたといい、因縁生起という。そして因縁の縁と、生起の起をとって縁起という。仏教は、この縁起説を根幹としており、これがキリスト教やイスラム教とずいぶん違う点なんです。

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